チュンチュン…チュン
「……ん…ん〜、はぁ〜あぁ〜あ〜」
朝の日差しと雀の鳴き声で俺は目を覚ました。
「…ふぅ…いよいよ始まるんだな」
今日から本格的な魔術の特訓が始まる。
ここは気を引き締めて…ん?やけに身体が重い気が…
「なん…だ!?」
いつもと違う身体の重さと密着感に布団をめくって確かめてみると、そこにはパジャマ姿で健やかな寝息をたてながら、俺に抱き付いて気持ち良さそうに寝ている…
イリヤがいた。
「いっ、イリヤ!?どうして俺の布団の中にいるんだよ!?」
「う〜ん?…あは、おはようお兄ちゃん…ふぁ〜くぅーZzz...」
俺の驚愕の声に一度目を覚ましたイリヤだったが、再び布団に潜り込んで寝てしまった。
「おいおいヤバいぞ、こんな所桜や遠坂に見られたら…」
「そうね、死刑は免れないわね」
「…猶予期間とかありませんよ先輩」
…終わった。
朝から死ぬのか、俺。
…でもこのデッドエンドは回避不可能だな、俺のせいじゃない。
猫柄のパジャマ姿で、顕微鏡らしき金属の塊を持っている遠坂さん。
そして、私服姿で両手を背中に回している桜。
いや、遠坂のパジャマ姿は始めて見た。
猫パジャマとは何とも遠坂らしくて良いと思うぞ。
…でも鈍器はいけないだろ、しかもいいのか?顕微鏡って高いんだろ?
そして桜、いつも通り可愛いぞ。
しかも今日は珍しくジーパンなんだな。
…でもな、その後ろ手に持っているのは包丁だろ?駄目だって、料理を作る者が包丁を凶器にしちゃ。
「いや、待て。これは俺が悪いのか?」
一章:T/告白
「おっはよー!…あり?士郎、その包帯どうしたの?」
「「「………」」」
「ちょっと聞いてよ、タイガ。リンとサクラったら酷いのよ。わたしがシ…ふぐぅふぐぅ!?」
「言ったら駄目だ、イリヤ。藤ねぇに言ったら今度こそ俺は死ぬ」
朝の出来事を話そうとするイリヤの口を急いで塞ぐ。
その話を聞いた藤ねぇが激昂して俺に虎竹刀を向けるのは目に見えているからな。
「ロリコン士郎は、一度死んだ方がいいんじゃない?」
「…ふぅ、だから油断できないんです」
俺を危うく殺しかけた二人は、飄々と箸をすすめていやがる。
「??ねぇねぇ〜何があったのよ〜?」
「頼む皆、今朝の事は忘れてくれ。そして二度と話さないでくれ」
あぁ、こんな事は忘れた方が良いに決まってる。
「もう、ケチ〜。…あっ、そうだ桜ちゃん。弓道部の連絡を美綴さんから聞いてる?」
「はい、今週は休みで来週から稽古を開始するそうですね」
「うん、桜ちゃんまで回っていれば大丈夫ね」
「なんだ、じゃあ休み中は結構ゆっくりできるんだな」
「まぁそうなんだけどね…」
「美綴先輩、『五月の大会まで定休も無しにするから、春休み中ぐらいゆっくりしろよ』って言っていましたから…休み明けからが不安です」
「まったく、綾子らしいわ」
「ふがぁ!ふがふがぁ!(シロウ!手を放しなさいよ!)」
騒がしかった朝食が終わり、藤ねぇは出勤して残った四人でお茶を飲んでいる。
「士郎、少し話があるわ」
遠坂が真剣な表情で話しかけてきた。
「ん?何だ、話って?」
「…姉さん、後は私から言います。…先輩、私先輩に黙っていた事があります」
桜が緊張した面立ちで話を繋ぐ。
(…ん?桜、おまえ今…)
「…ふぅ…先輩、私も魔術師なんです。初め先輩に近付いたのも、お祖父さまの命令で聖杯戦争に関わってくるかもしれない先輩を偵察するためでした。それだけじゃなくて、ライダーを召喚して兄さんに渡したのも私なんです。…今まで黙っていてすいませんでした」
自責の色を湛えた瞳に少し震えた声で、桜は告白をして頭を下げた。
(?桜が…魔術師?お祖父さまに命令された?ライダーを召喚して慎二に渡した?何だよ、それは…)
言われた言葉を理解できずに、俺は呆然と桜を見る事しかできない。
「事実よ。桜は私の妹で魔術師だわ。一般に魔術は一子総伝だから、魔術回路が無くなってしまった間桐の家に養子に出されたの」
「はい、養子に出された私は間桐の魔術師として育てられてきました。…そして戦争に勝つためにライダーを召喚したんです。でも…私は姉さんや先輩と殺し合いなんかしたくありませんでした。だから兄さんにライダーを渡して自分は屋敷に閉じ籠っていたんです。…そしてライダーが敗れて兄さんが死んで、お祖父さまも殺されて…私は一人だけ生き残りました」
伏し目がちになりながら、桜は言葉を続ける。
「…初めは偵察のために先輩に近付きましたけど、私にとってこの家で先輩といられる時間だけが幸せでした。…家に帰れば苛烈な魔術の施術が待っていましたから…。以前は先輩の前だけでも普通の女の子としていられればいい、そう思っていました。だから先輩に私が魔術師だと知られたくなかったんです。知られてしまったら元の生活には戻れないから…。戦いを放棄したのにはそういう理由もあったんです…」
そこまで言うと、桜は俺の目を真っ直ぐに見てきた。
「でも、私間違っていたんです。…今まで何があっても耐えてきました。けど、それは結局目の前の辛い事から逃げていただけでした。最初から自分ではどうにもならない事だと諦めていたんです。…でも、その度に大切なモノをなくして、周囲の人を傷つけてしまいました。今回の事だって私が逃げずにいたら学校の皆を傷つけないで済んだかもしれません、兄さんを死なせないで済んだかもしれません。だから、私は魔術師である自分を受け入れて、姉さんに弟子にしてもらえるように頼んだんです。辛い事があった時に逃げずに闘って、それを乗り越えられるだけの力を手に入れたいから…。先輩、私が先輩についてきた嘘を許してもらえるとは思いません。…けど…だけど私は…先輩が好きです!ううん、それだけじゃありません。先輩の家も、先輩の周りにいる人達も、みんな大好きです。…だから…だから私はこれからも先輩の傍にいたいです…先輩、私は先輩の傍にいてもいいですか?」
そう告げる彼女の瞳には、不安と罪悪感が浮かんでいる。
…だけど、それだけじゃない。
その中にあるがままの自分を受け入れた強さと、困難に立ち向かおうとする強固な意志が見える。
「…許すもなにも桜は俺の家族だ、魔術師だからって変わらないよ。最初は嘘だったかもしれないけど、今が本当ならそれでいいじゃないか。…いきなり色んな事を言われて驚いたけど…、桜が俺の家に来てくれたから俺も嬉しかったし幸せだった。だから俺からも改めて頼むよ、これからも俺の傍にいてくれ、桜」
…そう、親父が死んでから様子を見に来てくれる藤ねぇや藤村組の皆と一緒で、一年間も共に生活してきたんだ。
それが嘘から始まった事だとしても、桜も大事な俺の家族であることには変わりは無い。
だから、俺は当然の言葉で桜に応えた。
「…ぐすっ、ありがとうございます…先輩…」
桜は一瞬キョトンとした表情をしたが、不安が解けたのだろう、子供のように泣いている。
そして、そんな桜を遠坂があやすように抱き締める。
「ほらね、言ったでしょう。大丈夫、こいつは馬鹿が付く程お人好しなんだから。…良かったわね、桜…」
「はい…姉さん…ひっく…」
抱き合う姉妹を見ながら、俺も母親に抱き締めてもらったことがあったのだろうかと、そんな、記憶にすら残って無い感覚を思い出していた。
「ほら、もう大丈夫?」
「…はい、ご迷惑をおかけしました姉さん」
……数分後、姉妹の抱擁は終わり、泣きやんだ桜が目と頬を赤くしている。
「…そういう事だったんだ。サクラ、ならわたしも貴女に黙っていた事があるわ」
イリヤが桜に話しかける。
その表情は魔術師の顔をしている。
「イリヤ!それは…」
「シロウは黙ってて」
「…はい、何でしょうかイリヤさん」
「マトウシンジはわたしが殺したわ」
場が緊張する。
…しかし、言われた桜はイリヤを責めることも驚愕の声を上げることも無く、ただ『そうですか』とだけ言い、話の続きを待っている。
「彼を殺した事が間違っているとは思ってないわ。彼は魔術師のルールを無視して一般人を巻き込んだ。それに聖杯戦争は生き残りを賭けたサバイバル、地に墜ちていたとしてもマキリは必ず災いとなる…だからマキリの魔術師だけは必ず殺すようにお祖父さまから言われていたわ。…貴女はわたしのことを恨んでないの?」
「…わかりません。兄との関係は良いものではありませんでしたから。…でも、やっぱり寂しいですね。昔の事ですけど、兄と二人で遊んだ記憶もあります。その中には良い思い出も在りますから…全く恨んでないというのは嘘かもしれません」
「…そう。でも、わたしは謝らないわ」
二人はしばらく無言となり、遠坂が桜を連れて買い物に出たことでその場はお開きとなった。
居間には俺とイリヤだけが残っている。
「…ねぇ、シロウもわたしのことを責めないの?」
隣に座っているイリヤが、顔を合わせることなく尋ねる。
「あぁ、だって責めなきゃならない理由が無い」
「でも、友達だったんでしょう?」
「…確かに、なんだかんだ有ったけど慎二は中学からの友達だった。それでも、今イリヤを責める理由にはならないよ」
「…わからないなぁ…」
イリヤは呆れたとばかりに溜め息をついているが、瞳の奥には整理できていない感情がちらついている。
「イリヤが間違っていたとか、そういうことは考えなくてもいいんじゃないか?…イリヤを責めても終わってしまった事は変えられない。だったら、これからイリヤと桜がどうやったら上手くやっていけるかを考える方がいいだろ」
「………」
イリヤは無言で、少し顔を俯かせている。
「…でも、これだけは言っておくぞ。俺は二度とイリヤに人を殺させない」
「えっ?」
イリヤは予期せぬ事を言われたのか、目を丸くして俺に顔を向けた。
「だって、その度にイリヤにそんな顔をされたくないしな。…大丈夫、もし何か起こっても俺が何とかするから。だから二度とイリヤに人を殺させたりしない」
これも当然の事、俺の家族に悲しい顔は絶対にさせない。
そして、殺しなんて、この少女に不釣り合いな事は絶対にさせてたまるか。
バフッ…
「イリヤ?」
「…リン達がやってたんだから、わたしだってしてもらいたい」
そう言って、イリヤは俺の胸に顔を埋めてきた。
「…わかったよ」
イリヤの髪を梳いてやりながら、遠坂がしていたように抱き締める。
…今度は俺たち兄妹の抱擁が続いた。
「…どうする桜?」
「ちょっと羨ましいですけど…今はそっとしておきましょう」
買い物に行くと言って出かけたけど、実際は中庭で少し話をして戻ってきた。
そうして居間を覗いてみると、そこには先程まで私達がしていた光景があったので、私達は居間に入るに入れずに廊下にいる。
「まったく…今日の士郎はずるいわね」
「はい、ずるすぎです」
だから、こうして二人で文句を言っていたりする。
「しかも、あいつは無自覚よ。自分が言った言葉に含まれた意味なんて考えていないわ」
「さっき私に言ってくれた言葉なんて、まるっきりプロポーズですよね」
「…あれは、その前にあんたがあんな言い方をしたからでしょう?」
「そっ、それは…。でも…先輩は気付いてくれてないんでしょうね」
「流石にそれはないんじゃない?少しは伝わったはずよ」
「でも、あれだけ真っ直ぐに言われると、逆に意識されていない気がします」
「…まぁ、私たちにはまだ他に強敵がいるからね」
「?それは…」
「また今夜にでも話してあげるわ」
士郎への文句を切り上げて、もう一度居間を見る。
そこには赤い髪の青年と銀色の髪の少女という、何とも派手な兄妹の抱擁が続いている。
…まったく、本当に質が悪い男なんだから。
今日の士郎はでき過ぎだ。
あんな風に言われて、抱き締められたら…もう離れられないだろう。
そんな二人を私も少し羨ましく思いながら眺めていた。
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